大判例

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東京高等裁判所 平成12年(う)908号 判決

被告人 阿部亘

〔抄 録〕

論旨は、要するに、原判示第二の覚せい剤所持の事実については、単純一罪として起訴されているのに、原判決は、二個の所持の事実を認定し、これらを併合罪として処断しているが、訴因変更手続を経ることなくこのような判決をした原裁判所の訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反がある、というのである。

1 そこで検討すると、原審記録によれば、以下の手続経過が認められる。

(一) 原判示第二の事実に対応する起訴状記載の公訴事実第二は、「被告人は、みだりに、平成一一年一二月三〇日(以下、「本件当日」という。)、東京都足立区鹿浜五丁目二九番一五号浅香マンション二〇五号室松崎摩紀方(以下、「松崎方」という。)において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶(以下、単に「覚せい剤」という。)〇・二三七グラムを所持した」というものである。

(二) 原裁判所は、右公訴事実につき、罪となるべき事実の第二として、次のとおりの事実を認定判示した。

「第二 被告人は、みだりに、本件当日

一 松崎方において、アルミホイルに付着した覚せい剤〇・〇一五グラム(以下、「<1>の覚せい剤」という。)を、玄関寄り居室の壁に掛けてあった籠の中に入れて所持し

二 松崎方において、チャック付きビニール袋に入った覚せい剤〇・二二二グラム(以下、「<2>の覚せい剤」という。)を、前記一記載の居室に隣接した居室の洋服ダンスに収納してあったジャンパーの生地の内側に隠匿して所持した。」

(三) そして、原判決は、法令の適用において、右第二の事実について、「被告人が同一の密売人から同時に入手した覚せい剤を、被告人が使用するためにビニール袋からアルミホイルに一部移し替えて、ビニール袋入り覚せい剤は洋服ダンス内のジャンパーの生地の中に隠匿し、使用後まだ残っていたアルミホイルに付着した覚せい剤は別の部屋の壁に掛けられた籠の中に入れておいたという事実関係の下では、入手先、入手の機会が同一のものであり、被告人が松崎方から出るときには共に持ち去る意思があったという事情を考慮しても、これを二個の所持とみて併合罪として処理すべきであると判断される」と説示して、第二の一の事実と第二の二の事実を原判示第一の事実(覚せい剤使用)と共に併合罪とし、第二の二の罪を最も犯情が重いとしてその罪に法定の加重をして、被告人を懲役一年に処している。

(四) 原裁判所の審理をみると、第一回公判期日において、被告人及び弁護人が公訴事実全部につき、これを認める陳述をし、検察官の冒頭陳述の後、検察官請求の全証拠について、弁護人が証拠とすることに同意すると述べたので、原裁判所は、これらを取り調べ、弁護人請求の情状関係の証拠の取調べと被告人質問を実施して結審し、第二回公判期日に判決が言い渡されている。

検察官は、冒頭陳述において、公訴事実第二について、「松崎摩紀が、自宅内で被告人が隠匿所持していたアルミホイルに包まれた<1>の覚せい剤を発見し、警察に通報したことなどから、本件所持の犯行が発覚した。逮捕された被告人が、松崎方にビニール袋入りの<2>の覚せい剤も隠匿していると自供したため、この覚せい剤も発見された」旨述べているものの、これは捜査経過の概要を説明しているにとどまるのであり、本件審理の過程を通じて、所持罪の罪数が問題とされた形跡は見当たらない。

(五) 以上のとおり、検察官が本件覚せい剤の所持を一罪として起訴していることは、その公訴事実の記載に徴して明らかであり、これに対し、原裁判所は、本件公訴事実の記載を何ら問題にすることなく、判決において、突如として、公訴事実第二の記載内容には表れていない所持の場所・態様・量(すなわち、一括して記載された覚せい剤のうち、どれだけのものをどこにどのようにして所持していたかということ)を関係証拠に基づき特定して、第二の一の事実と第二の二の事実に分けて認定判示した上、これを併合罪として処断したことが明らかである。

2 しかし、原裁判所の右の訴訟手続には、重大な法令違反があることが明らかというべきである。

すなわち、右のように二個の所持罪を認定しようとするのであれば、これに対応する公訴事実には、二個の所持の事実が書き分けられておらず、かつ、二個の所持に分ける手がかりとなるような事実の記載もないから、併合罪関係にある二個の所持罪の起訴としては訴因の特定を欠くというほかないので、原裁判所としては、検察官に原判示事実に沿うように訴因を補正させる必要があったというべきである。それにもかかわらず、このような措置を講じないまま前記のとおりの判決をした原裁判所の訴訟手続は、審判対象の明示・特定という訴因制度の趣旨を無視するものであり、これが被告人の防御に具体的な影響を及ぼしたかどうかを論ずるまでもなく(本件においては、原判決のように二個の所持罪を認めるというのであれば、第二の二の罪については自首の成否が問題にされてしかるべきであるが、このような防御上の論点等の存否にかかわらず)、到底是認することができない(なお、本件とは異なり、公訴事実自体に数罪と認定する基礎になる事実が記載されている場合は、訴因の補正の問題は生じないことは当然である。ただ、その場合でも、検察官に対する釈明等を通じて、被告人への不意打ちを避けるための措置を講じなければならない場合があることに注意すべきである。)。

3 次に、右の訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすか否かという論点との関係で、本件の所持罪の罪数関係について検討すると、関係証拠によれば、本件覚せい剤の所持の態様等の詳細は、原判決が第二の一及び第二の二の事実として認定し、法令の適用欄でこれを補足しているとおりであり、また、その捜査経過も検察官が冒頭陳述で述べているとおりであると認められる。しかし、<1>の覚せい剤も<2>の覚せい剤も、被告人が同一の居宅内に隠匿所持していたものであるところ、検察官においては、右のような捜査経過を考慮してか、後に発見された<2>の覚せい剤(<2>の覚せい剤が発見されたのは、本件当日の一〇日余り後の平成一二年一月一二日である。)についても、<1>の覚せい剤が発見された時点までにおける所持を訴追対象とし、これらの覚せい剤は被告人の一括所持にかかるものとして起訴しているものと解される。このように、覚せい剤という同種の薬物を同一時点において同一居宅内の複数の場所に分散して所持している場合には、特段の事情がない限り、原判決が指摘するようなその余の事実関係の如何にかかわらず、単一の所持と認めるのが相当である。したがって、原判示第二の一及び二の事実については、一個の覚せい剤所持罪が成立するにとどまるのであって、原判決には、罪数についての法令適用の誤りもあるということになる(控訴趣意第二点が罪数について指摘するところは、結論において正当である。)。ところで、本件においては、原判示第一として覚せい剤使用罪が認定されているから、本件覚せい剤所持罪が一罪であるとしても併合罪加重すべきことに変わりはなく、右の罪数判断の誤りは、処断刑の範囲に差を来さないので、それ自体としては、判決に影響を及ぼすものとまではいえない。そうすると、前記の訴訟手続の法令違反も、もともと判決に影響を及ぼさない事項に関するものとして、これまた判決に影響を及ぼさないとする考え方もあり得るように思われる(当裁判所の罪数判断によると、前記のような訴因の補正の手続は不要ということになるし、当審においてそのような手続は踏んでいない。)。

しかしながら、我が刑訴法は、訴訟手続の法令違反(三七九条)、事実誤認(三八二条)、法令適用の誤り(三八〇条)及び量刑不当(三八一条)をそれぞれ独立の控訴理由として規定し、これらの判決への影響の有無も原則として各控訴理由ごとに判断すべきものと規定していることが明らかであり、これらの控訴理由の論理的な先後関係は、原則として右の順序のとおりであると解されるので、先順位の訴訟手続の法令違反の控訴理由が認められる場合には、それだけで原判決は破棄を免れないのであり、それ以外の後順位の控訴理由については判断を示す必要はないのである。本件において、前記の訴訟手続の法令違反は、重大であり、この控訴理由につき独立して考察すれば、これが判決に影響を及ぼすものと解すべきことに疑問の余地はないと思われるのであって、原判決は訴訟手続の法令違反により破棄を免れないと解するのが相当である(前記の訴訟手続の法令違反の判決への影響の有無を法令適用の誤りのそれと併せて判断する考え方によると、本件において、仮に原判決の罪数解釈に誤りはないとすれば、原判決を破棄すべきこととなり、原判決に更に罪数判断の誤りが重なっていれば、原判決が破棄を免れるということになろうが、これが妥当な結論とは思われない。)。

論旨は結論において理由がある。

(安廣文夫 松尾昭一 金谷暁)

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